正式なお知らせはまだちょっとお待ちください。
お友達をさそっても大丈夫なので、どうそ~。
レスリーファンでクリスマスを楽しみたいと思います
原題 :Farewell My Concubine / Farewell to My Concubine
キャッチコピー
”愛しても愛し足りない、憎んでも憎みきれない、舞台を染める運命の愛。”
2時間52分(172分)
キャスト:役名
張國榮(レスリー・チャン):程 蝶衣(チョン・ティエイー)
張豐毅(チャン・フォンイー):段 小樓 (トワン・シャオロー)
鞏 俐(コン・リー):菊 仙(チュー・シェン)
葛 優(グォ・ヨウ):袁四爺
黄 斐(フェイ・カン):老師爺
智一桐(チー・イートン):青木 三郎
馬明威(マー・ミンウェイ):小豆子(幼年) (シャオトォツー)
尹 治(イン・チー):小豆子(少年)
費 洋(フェイ・ヤン):小石頭(幼年)(シャオシートウ)
趙海龍(チャオ・ハイロン):小石頭(少年)
雷 漢(レイ・ハン):小四
蒋[ 雨 / 文 ]麗(ジアン・ウェンリー):蝶衣の生母
「西太后の紫禁城」珍妃や「大地の子」に出演してた人
スタッフ
監督:陳凱歌(チェン・カイコー)
製作:徐淋/述平(シュー・ピン/シュー・ピン)、徐杰(シュー・チェ)、陳凱歌、孫慧婢(スン・ホエイ)
製作総指揮:湯君年(トン・チェン・ニェン)、徐楓(シュー・フォン)
原作:李碧華(リー・ピクワー)
脚本:李碧華(リー・ピクワー)、芦葦(ルー・ウェイ)
撮影:顧長衛(クー・チャンウェイ)
音楽:趙季平(チャオ・チーピン)
美術:揚予和(ヤン・ユーフー)、揚占家(ヤン・チャンミ)
編集:裴小南(ペイ・シャオナン)
衣装(デザイン):陳昌敏(チェン・チカーミン)
香港・台湾・中国 湯臣・北京電影製作所・中国電影合作製片公司製作
VHS DVD
製作年1993年 製作国 香港
香港公開1993年1月1日
日本公開1994年2月11日(94/02/11(金)~ 94/08/19(金)
(ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画配給、テレビ東京=ヘラルド・エース提供)
東京国際映画祭93年10月2日上映
その他
1993年アカデミー賞 外国語映画賞・撮影賞ノミネート
1993年第46回カンヌ国際映画祭・パルム・ドール最高賞 受賞
FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞 受賞
1993年ロサンゼルス映画批評家協会選出・外国語映画賞 受賞
1993年ニューヨーク映画批評家協会選出・助演女優賞(鞏俐)受賞 外国語映画賞 受賞
1993年英国アカデミー賞 外国語映画賞 受賞
1994年第51回ゴールデン・グローブ賞・外国語映画賞 受賞
1994年日本映画批評家大賞 主演男優賞(張國榮)作品賞受賞(覇王別姫)
ファンの人の感想、そうでない人の感想、
レスリーにちょっとだけ興味があった人の感想などなど、
いろんな感想や映画への捉え方が読めて面白いです。
ファンでない人が書いたレスリーへの記述は、ファンが読むとちょっと違うかな?という記述もありますが、そういうことも含めて、一般的な人がレスリーをどのように認識しているのかもわかります。
賛美ファンだけの意見だけになるのではなくて、映画を見た人からの多様な角度と率直な意見を読むことができます。
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★日時・・・ 2006年11月12日(日)
11:00~/14:00~(入替制)
★場所・・・ シネマ・ヌーヴェル
(山口県周南市銀座2丁目18番地)
★料金・・・ 前売券 1,000円(8月12日発売開始)
当日券 1,300円
★後援・・・ 毎日興業(株)、(株)シティーケーブル周南
(株)新周南新聞社、周南市文化振興財団
周南地区日本中国友好協会
★お問合せ先・・・<電話>080-6315-5274
<メール>project_leslie@yahoo.co.jp
http://projectleslie.web.fc2.com/
レスリー、アンディ、ウソンのファンが楽しい1日を過ごせるといいですね♪
レスリー(張国栄)が亡くなってからは、特に、昔のレスリー(張国栄)ファンに連絡を取ることはしていなかったのですが、レスリーの50歳のきっかけの会もあって、今連絡を取らないと、もうずっと連絡することもなくなるだろうと思って、連絡をした人が数人います。
昔のレスリー(張国栄)ファンで顔見知りの人は、レスリーのイベントやコンサートに行けば、入り待ち出待ちでどうせ会うだろうの気持ちがありました。
昔はワイレイチョンチンがあったので、香港に行けばファンは必ずワイレイに集まりましたから、ワイレイで会って挨拶するので、香港に来ていればどうせワイレイで会うね。なんて感じです。手紙や電話でやり取りするくらいで(当時は今みたいにアドレス交換全盛ではなかったですから)、特別に連絡を取り合うほどでもなかったり、イベントやコンサートでは見知った顔に会うからという感じでした。
そんなレスリー(張国栄)ファンで知り合いだったHさんなのですが・・。
97年頃からのレスリー(張国栄)ファンのHさんがアルツハイマーだということを知りました。まだ、若いので若年性アルツハイマーです。
息子さんが代わってくれたので、Hさんと少し電話で話をしましたが、
昔のままの若若しい声で違和感なく話しをするのです。
息子さんの話では、体が悪いわけではないので、とても元気なので外見だけではわからないそうです。
だから、彼女の声も昔レスリーを追っかけていた当時そのままです。
彼女は98、99年ころから会社が一斉にPC化されて、パソコンを覚えないといけなくなったのですが、機械に弱いのでそのストレスで調子が悪くなり、その後も具合が悪くなって、鬱病のようになってしまって・・体調が悪いとは聞いていたのですが、
それでも年齢が年齢なので、更年期からくる体調不良や鬱病なのでは?と聞いていました。
更年期の治療はしてもアルツハイマーまでは考えられなかったのだと思います。
レスリーの2000年2001年のパッションコンサートの時は元気になって、彼女は日本各地、香港や外国にまでレスリー(張国栄)のコンサートに行っていたくらいですし、私とも手紙や電話でコンサートのことをやりとりしていたくらいだったので、何も違和感を感じることがなかったです。普通にレスリー(張国栄)の話が出来てましたから・・。
息子さんの話では、やはり初めはアルツハイマーだということが、まったく解らなかったそうです。だからそのままちょっとおかしい?くらいで時間が過ぎていってしまったようです。
パソコンや機械のマニュアルがわからないのは、今考えてみたら、結局アルツハイマーだったので、新しいマニュアルをなかなか覚えられなかったようなのです・・。
まだまだ、40代でパソコンがすぐに覚えられないからと言って、アルツハイマーだとは、誰も思いませんよね・・。
年齢的にも更年期だからかね?とのことで、ちょっと物忘れやおかしいと思うことがあっても、
病名がアルツハイマーだとはすぐに結びつかないのが普通ですよね・・。
もう、今は1日中介護をうけないといけない状態で、家から出かけるとかは出来ないということでした。
でも、50歳くらいですから、体はとても元気なのだそうです。
老人のようなしゃべり方もしませんし、モゴモゴ言うこともなくて、以前とかわらない明るい声でハキハキと話しをするのです。
話していても違和感がないような調子で「その後、どうなの~?」とか言うので・・(電話なので彼女は本当は会話はわかってないのかもしれませんが)
それが、余計に悲しかったです。
いろいろ考えさせられました・・。
私も数年前に癌の手術をして3期だったので、もし、開いてダメならダメですね。でしたけれど、幸いなことに、今は元気でいつまで生きるのか、なかなか死なないものだとヘラヘラ生きています。
適当な歳で死ねればいいやと思っているのでけっこう平気なものです。
体の病気で・・というならば、今の時代ですから余命○×年と言われれば、自分の身辺整理をその間にすることも可能ですが、アルツハイマーという病気では、病気がわかったときには、自分で上手く身辺整理も出来なくなっているかもしれないのです・・。
Hさんの息子さんも、彼女がレスリーファンということは知っていたそうですが、「母の部屋に入ったら、たくさんレスリーのCDや写真があって、びっくりしました。あんなに好きでたくさん集めていたんですね・・」と言っていて、それを聞いて余計に切なくなりました。
息子さんも彼女がこんなにレスリーが好きだったとは・・と思っていたようで、同じレスリーファンからの電話だから、少しでも病気が改善できるかと思って「電話で話してみてください」と電話に彼女を出してくれたようです・・。
これまでは、<レスリーは老後の楽しみに>と思っていましたが、
レスリーを楽しむなどということが出来る老後がない!という可能性もあったわけです・・。
はぁー、もうじつは、時間がないのかも・・と・・・。
映画やニュースでアルツハイマーは知ってはいました。
が、知ってはいましたが・・、実際に同じ病気の人が身近にいませんでしたし、あんなに楽しくレスリーを追いかけていたレスリー(張国栄)ファンがアルツハイマーになるなんて・・。
身近にアルツハイマーの介護をしている人からは、<何を甘いことを>と思うでしょうが、なんとなく、アルツハイマーは、趣味も何にもなくて、会社と家の往復だけしているような人、子供だけの人生や生活をしていた人、物事に興味を持てないような人がかかりやすい病気のように思っていました。実際は誰がかかってもおかしくない病気だってわかってますけど・・。
まさか、レスリー(張国栄)や香港という趣味の楽しみを持って積極的に行動していた彼女がこういう病気になるなんて・・。彼女は、子供が大きかったのでレスリーに行くことができましたが、もっとこれから旅行も楽しめるという時期だったのに・・・。
Hさんのの好きだったレスリー(張国栄)や彼女の思い出の中のレスリー(張国栄)は完全にいなくなってしまったのですよね・・。
ファンがいなくなるということは、レスリー(張国栄)への興味がなくなるとか、韓流へ行くとか、そういう気持ちや感情だけのことではなくて、こんななくなり方もあるのですね・・。
本人が望んでいないのに、こういう消滅の仕方もあるのだと・・。
レスリー(張国栄)ってこうやって本当にどんどん存在しなくなるのだなぁ・・・。レスリー(張国栄)が亡くなるって、こういう消滅の仕方もあるのだなぁ・・。
ファンがずっと思い続けていければ、レスリー(張国栄)はいなくならないと思っていましたけれど、彼女の思い出のレスリーはもういないのです・・。
彼女からもう2度とレスリーの思い出話しは聞けないのです・・。
レスリーに会った時にブランド物のネクタイをプレゼントした話はもう彼女から聞けなくなってしまいました。
彼女の思い出の中にいたレスリーの話を聞くことはもう無理なんですよね。
こんな人生ってあるんですよね・・。
アルツハイマーは、自分もならないとは限らない病気だし、
レスリーのことも記憶があるうちに色々やっとかないと・・人生わからないですよね・・。
自分の頭が元気なうちに、レスリーのことを形にしたいと思いました。
頭が元気な時間は少ないかもしれないわけです。。。。
そんなこんなでいろいろ考えちゃいました。
なるべくレスリーで楽しめる機会を持とうと思ったわけです。
12月がクリスマスならレスリーでクリスマスをやろうと思ってしまいました。
今回のように午前午後でやりたいと思います。
3年前(もうそんなりなりますよね・・)の2回目に開催したクリスマスソングレスリーをやりたいと思います。
アメリカで舞台から落ちたコンサートやリハーサルなんかです。
午後はコンサート以外の時のレスリーで考えています。
12月は皆さんお忙しいと思うのですが、
12月は10日か17日を考えています。17日がよいかと思っていますが。
近日中には日にちだけでも決定したいと思います。
これからは、お友達にもドンドン声をかけてくださっても大丈夫ですので(笑
レスリーで楽しむ時間をたくさん持ちたい&レスリーファンにも持ってもらいたいと思います。
だからといって、毎月開催するのは関東以外から来られている方が多いので、
かなり迷惑でしょうし、それは出来ませんが(笑
せっかくのレスリーのクリスマスソングなら
12月にレスリーで楽しもうと思ってしまいました。
頭が元気なうちに、楽しいことを楽しい♪、好きなことを好きだ♪って、心が感動できるうちに、レスリーを楽しめる時間をたくさん持っていこうと思います・・。




